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L'ultima neve di primavera メリーゴーランド

イタリア映画 (1973)

最初から死の病と分っているのではなく、映画の終盤で、当然の病気や事故や不運のために命を落とす少年の映画を「お涙頂戴」と分類するならば、その中には、時代順に、『Incompreso(天使の詩)』(1966)、『L'Arbre de Nöel(クリスマス・ツリー)』(1969)、『L'ultima neve di primavera(メリーゴーランド)』(1973)、『La bellissima estate(愛のほほえみ)』(1974)、『Questo sì che è amore(ラスト・クリスマス)』(1977)、『Gli ultimi angeli(星になった少年)』(1978)などが入る〔このうち、『愛のほほえみ』と『星になった少年』はDVD化されていない〕。何れも、1960・70年代の映画で、しかも、ほとんどがイタリア映画という特徴がある。ただし、これらすべてが、観客の涙を振り絞るべく作られたわけではなく、ひとくくりに扱うことは、リストに上げられた映画にとって失礼かもしれない。だが、最近の過剰なアクション、CGに特化した映画に見飽きてくると、たとえ、“涙を振り絞るべく作られた” としても、“それのどこが悪い” と反論したくもなる。必ずしも快適でない21世紀の社会にあって、純粋に心に響くものがあれば、それが作為であろうがなかろうが、B級映画と貶(けな)していいとは決して思わない。そういった目で『メリーゴーランド』を観直してみると、全編1時間半の映画の中で、主人公のルカが不治の病と判明するのは、映画の80%の段階であり、それ以前は、ルカの父が、“如何に息子の心を理解しないひどい人間” であるかを描くのに傾注されている。その部分は、結構よくできていて、決して不自然ではない。そして、“涙を煽(あお)る” 部分は、最後の1分に絞られていて、それはそれなりに、変な言い方だが、観た者を満足させるだけの “迫力” がある。ただし、私が持っていた古いVHSはひどかった。それが、当時の映画業界のやり方だったのかどうかは分からないが、収録されていたのは英語に吹き替えられたエディションで、字幕も その英語に準じて付けられていた。そして、その英語字幕たるや、イタリア語の字幕とはかけ離れたものだった。

何年か前に母を失ったルカは、売れっ子の弁護士の父が多忙なため、寄宿学校に行かされている。週末に家に帰ることができたり、何度も家族が訪問に来る生徒がいる中、ルカには、クリアスマス休暇の次の復活祭の休暇までの約4ヶ月間で、父は2回しか会いに来てくれなかった。それは、父が、多忙の仕事の合間の貴重な時間を、ヴェロニカとの付き合いに割いていたからだ。復活祭の休暇が始まり、ルカを迎えに来たのも、父ではなく、父と亡くなった母双方の親友ベルナルドだった。ベルナルドは、ルカのことを心配してくれる 恐らく唯一の人物で、寄宿学校には クリスマス以降4度も会いに来てくれ、父に会いに行くようプッシュしたのもベルナルドだった。ベルナルドの車で ペルージャの旧市街に行ったルカは、そこで、父へのプレゼントにレコードを買う。しかし、久し振りに家に帰っても、まともに会ってもくれない父に腹を立てたルカは、プレゼントを亡き母の部屋に隠してしまう。息子に対する興味を失ったように見える父にとって、今、最も大事なことは、ヴェロニカとの結婚。そこで、ルカが休暇中にどうしても行きたいと思っている海への旅行に、いきなりヴェロニカを同行する。父は、この旅行の主役をヴェロニカにしたいと希望したのだが、心の優しいヴェロニカは、自らはホテルに泊まり、ルカと父を仲良くさせようとする。それが気に食わない父は、ルカを放置する。お金を使えば、ヨットに乗せてもらえたりはするが、独りでは何の楽しみもない。そんなルカに優しく近寄るヴェロニカに、ルカは次第に心を許していく。そのことも 父には気に入らない。そこで、仕事を理由に、僅か3泊で滞在を切り上げる。ペルージャに戻ったルカが、ベルナルドの車で市内を走っていると、移動遊園地の準備が進んでいるのに気付き、オープンしたら、是非とも行きたいと希望を抱く。ルカは、そのことをお願いしようと父に会いに行くが、父から意外な提案を聞かされる。それは、父がヴェロニカと結婚すれは、家庭ができるから、ルカは寄宿学校に行く必要がなくなるという素敵なものだった。ルカはヴェロニカが好きになっていたので、この方針には大賛成。おまけに、父はご褒美として、2人だけで雪山に連れて行ってくれる。大はしゃぎでソリを始めたルカだったが、凍った雪の斜面で転び、気を失って医者に運び込まれる。医者は、外傷よりも、何らかの別の病気の可能性を疑い、ペルージャで至急精密検査を受けるよう 父に勧める。そして、ペルージャの病院で父が聞かされたのは、ルカが急性骨髄性白血病にかかっているという衝撃的な宣告だった。父は、これまでルカに対して取って来た行動を反省するが、時すでに遅く、半世紀前の医療水準では延命すらできず、ルカの病状は急速に悪化する。ある日の夜遅く、ルカは久し振りに元気が出たので、父に どうしても移動式遊園地に行きたいと頼む。父は、車で遊園地に連れて行くが、その途中で、ルカは隠したレコードのことを打ち明ける。遊園地は夜で閉まっていたが、父は事情を話して開けてもらい、ルカをいろいろな遊具に乗せる。そして、メリーゴーランドに乗っている時、ルカは 父に抱かれたまま息を引き取る。

レナート・チェスティエ(Renato Cestiè)は、1963年1月11日生まれ。イタリアの子役で金髪なのは、レナートとスヴェン・ヴァルセッキくらい。この映画は1973年12月20日に公開された。撮影が1973年の夏では編集が間に合いそうもないので、1972年夏だとすれば撮影時は9歳になる。レナートにとって、この映画は何と10本目。映画初出演となった コメディ風マカロニ・ウェスタンの『Si può fare... amigo』(1972)で、いきなり重要な脇役を任された。その後、目立ったのは、有名な『 クオーレ』の毎月の話のうちの4つだけをオムニバス風に並べた『Cuore』(1973)で、「サルデーニャの少年鼓手」を演じたこと。『メリーゴーランド』で一躍子役スターとして人気が出てからは、9本の映画に出演し、うち5本で主役。しかし、残念なことに、こうした映画はDVD化されずに朽ち果てる運命にあるようだ。『メリーゴーランド』ですら、イタリアで初DVD化されたのは2017年6月。それまでにフィルムは劣化してしまい、海の場面でハレーションを起こしている。日本では2019年12月にDVD及びBL化までされたが、これは日本だけ。下の写真は、上2枚が、『メリーゴーランド』以前の2作。左は『Si può fare... amigo』で、これはDVD化されていて、画質もきれいだが、右の『Cuore』は、これで精一杯の画質。下2枚は、『メリーゴーランド』以後の2作。左は『L'albero dalle foglie rosa』(1974)で、TV録画のYouTube画像しかなく、画質は最悪。右は『Il venditore di palloncini』(1974)。こちらの方が、まだいいが、この大きさでないとボケてしまう。『Nero veneziano』(1978)は、DVD化された3作品の最後だが、もう大きくなっていて、イメージが違うので割愛した。
   

あらすじ

映画の冒頭、ジャック・プレヴェール〔Jacques Prévert〕の最初の詩集『ことばたち〔Paroles〕』の中の『この愛〔Cet amour〕』の1/4ほどのイタリア語訳が示される。この詩は、のちにシャソンの歌詞となり、「朝倉ノニーの<歌物語>」というサイトに、翻訳が掲載されているので、該当部分を示す。「僕たちは忘れるかも。そしてそれから僕たちは眠りにつき、僕たちは目覚め、苦労し、年老い、僕たちは再び眠り、ひたすら夢を見て、僕たちは目覚め、微笑み、笑い、そして若返るかも。僕たちの愛はそこにある。雌ロバのようにやたら頑固で、欲望のように生々しく、記憶のように狂おしく、後悔のように愚かで、思い出のように優しい。大理石のように冷たく、陽の光のように美しく、子どものように傷つきやすい。それは、微笑みながら僕たちを見つめ、そして何も言わずに僕たちに語りかける。そして僕はそれを震えながら聴く。そして僕は叫ぶ。僕は君のために叫び…」。なぜか、ここで引用は終わっている。映画の内容からすれば、この詩/シャンソンの最後も加えて欲しかった。「…この地上で、僕たちにはお前しかいなかった。僕たちを冷たくなるままに放っておかないで、ずっと遠くから、いつも、そしてどこからでも、生の証を僕たちに与えておくれ。ずっとのちに、林の片隅に、記憶の森の中に、突然現れて、僕たちに手を差し伸べて、 そして、僕たちを救っておくれ」。そして、映画のタイトル。雷鳴の轟く真っ暗な屋敷の中で、1人の男が白いシーツで家具が覆われた亡き妻の部屋に行き、クローゼットの中から “プレゼント包装されたシングル盤のレコード” を取り出し、それをプレイヤーにかけて聴き入る(1枚目の写真)。流れているのは、かつて映画音楽のベスト・テンの第一位に輝いたフランコ・ミカリッツィの曲(https://www.youtube.com/)。その美しい旋律は、映画の冒頭と、ラスト・シーンで印象的に使われている。
  

場面は一転し、10歳のルカが在籍する全寮制の小学校の前。復活祭(1972年4月2日)の休暇を前にして、久し振りに親元に帰る子供たちが玄関から出て来る〔1972年の復活祭の休暇の日程は不明。1973年については、4.22(日)が復活祭の日で、休暇は4.13(金)~4.25(水)と書かれていた。それに準ずれば、3.24(金)~4.5(水)が休暇期間となる。13日間だ。ただ、後で、4月3日(月)には学校に行くと言っているので、休暇は11日間になる〕▶この日は 休暇初日の3月24日(金)▶  ルカの友達は、「復活祭はどこで過ごすんだ? ペルージャかい?」と尋ねる。ルカは、「日本じゃないかな。パパは、空手を習って欲しがってる」と答え、「君んトコはどこへ?」と訊く。「毎年同じさ。サルデーニャ島におばあちゃんがいるから」。そう言うと、迎えにきたフォルクスワーゲンのビートルに乗って去って行く。残った少女ステファネッラは、ルカと同じペルージャ市内に住んでいる。「クリスマスはパパと一緒だったから、復活祭はママと一緒がいいわ。だけど、2人がどうするつもりか分かんない」。彼女は、母親に迎えに来て欲しがっていたが、来たのは父親の方。車は、シトロエンのビンゴスポーツ。そして、ルカは、誰もいなくなった階段でじっと父の迎えを待つ(1枚目の写真)。しかし、長く待ってやって来たのは、父のメルセデスではなくジャガーXJ6(2枚目の写真)〔昔 乗っていた愛車なので すぐに分かった〕。ルカは、一瞬がっかりするが、迎えに来たのがベルナルドおじさんと分かり、顔がほころぶ(3枚目の写真)〔ベルナルドは 一家の長年の友人⇒映画パンフレットには  堂々と 「父の秘書」と書いてあった。あきれてモノが言えない。秘書がジャガーに乗るか?/そういえば、このパンフレットの解説者(山本恭子)は 堂々と「フランスの寄宿学校」と書いているし…〕
  
  
  

「やあ、ルカ、元気かい?」。「パパが来るって言ってたのに」。「お父さんが忙しって 分かってるだろ?」。「分かってるって」(1枚目の写真)。動き出した車の両側には畑や草原が広がっているので、学校は、かなりの田舎にあるらしい。「学校は、どう?」。「僕が好きで行ってるとでも? あんな つまんないトコに。女の人もいなくて、何ヶ月も閉じ込められるんだよ」。「学校には、女の先生もいないのかい?」。「ぜ~んぜん。そうだ、デカパイの文学の先生はいるよ」(2枚目の写真)。「その先生、どんな風?」。ルカは、“おじさんも好きだね” といった感じでニヤニヤする(3枚目の写真)。ここで、ルカのトーンが変わる。「ママ、料理 上手だった?」。「いいや。キッチンにいることが嫌いでね。でも、すごくデリケートで、優しい女(ひと)だったな」〔ルカの母が いつ、なぜ亡くなったのかは不明〕。今度は、ベルナルドが、「復活祭の休暇には どこに行きたい? 海か?」と尋ねる。「サルデーニャ島のね。僕の友だちがいつも行くんだ」。そして、車はペルージャの旧市街に入って行く。市の中心にある11月4日広場〔Piazza IV Novembre〕を過ぎた辺りで、ルカが、急に、「ベルナルドおじさん、停まってくれる? ちょっとだけ。パパにプレゼント買うんだ」と言い出す。そこは、ちょうどイタリア広場〔Piazza Italia〕。中世の町ペルージャらしくない長方形の広場だ。
  
  
  

ルカは、最初、プレゼントとして、ネクタイを時間をかけて選ぶ。買ったネクタイの値段は8000リラ〔凡そ、当時の4500円≒現在の約12000円〕。しかし、店を出た後、ルカは、「これ気に入らない。返してくる」と言い出し、ベルナルドは、さんざん店主を困らせた後なので、ストップをかける。ルカ:「パパはきっと もうちょっと…」。「じゃあ、それは 私が買うことにしよう」。「じゃあ、こうしよう。これ、おじさんにあげる。その代わり、僕にお金 貸してよ」。ベルナルドは、お札を出して渡す(1枚目の写真、矢印はお札)。ルカが 入ったのは、レコード屋。店員が1枚のシングル盤をプレイヤーにかける(2枚目の写真)。映画冒頭の曲が流れ、それが気に入ったルカは、「これ ちょうだい」と言う(3枚目の写真)。ルカは、ラッピング包装する前のレコードのジャケットに、「大好きなパパへ、ルカ」と書く。薄暗くなった頃、家の前まで送ってもらったルカは、「パパ、いつ戻るって言ってた?」と ベルナルドに尋ねる。「いいや。だが、遅くなると思うよ。待たずに寝た方がいい」。「起きて待ってるよ。初めてじゃないから」。
  
  
  

夜になっても父はまだ帰らない。ルカは、居間から事務所に電話する。「戻ってきましたか? 電話もありません?」。こんな夜遅く仕事があるハズがないので、父は、愛人のヴェロニカとデート中なのだが、ルカは まだそのことを知らない。自分が完全に無視されたことを確信し、ルカは頭にくる(1枚目の写真)。そして、母の写真の前に置いてあった一番手前のお酒の瓶〔ウォッカ〕を取ると、腹いせに少し飲んでみて(2枚目の写真)、思わずむせる。そして、優しかった母の顔をしげしげと眺める。▶ここから休暇2日目の3月25日(土)▶ 朝になり、ベッドで寝てしまったルカが目を覚まし、1階のキッチンにいる通いの家政婦に、「パパ、起きた?」と訊きに行くと、「もう、おでかけになりましたよ」との返事。これでは、クリスマスから4ヶ月ぶりに帰宅したというのに、父は会ってもくれなかったことになる〔4ヶ月に一度の再会より愛人との会話を優先するとは信じ難い〕。「僕に一言もなく出てったの?」(3枚目の写真)。「裁判所から緊急の電話があり、飛び出して行かれました」。「だけど、僕、会いたかったよ。知ってるでしょ!」。「昼食の時、お会いになれますよ」。ルカは、ステファネッラに会いに行く。
  
  
  

ルカとステファネッラは、如何にもペルージャらしい場所を走る。最初に映るのが、マッティオリ通り〔Via Mattioli〕から ピッチーニロ広場〔Piazza Piccinino〕に降りる階段道(1枚目の写真)。2枚目の写真はグーグルマップの航空写真で、その場所をとらえたもの(矢印が階段路)。入り組んだ街並みであることが よく分かる。階段路があるのは、ペルージャの旧市街が丘の上に築かれた町だから。2人は、ボンテンピ通り〔Via Bontempi〕を跨ぐように建てられた建物の開口部を走り抜ける(3枚目の写真)。4枚目の写真は、この場所のグーグルのストリートビュー。少し上を仰ぎ、道路を塞いでいる建物の屋根が見えるようにした。私の大好きなこの町は、こうして、限られた貴重な空間を上手に利用して形成されていった〔建物の中を貫通する街路が実に多い〕。2人は最後に 旧市街の中心、11月4日広場に着き、広場の西側にある建物の中に入って行く〔中に裁判所があるという設定〕
  
  
  
  

廊下で長らく待たされて、ようやく父が出て来る。待ちかねていたルカが、「パパ」と叫んで飛び付いて行くと、4ヶ月ぶりなのに、父の言葉は叱咤に近い。「ルカ、ここで何してる?」。そして、顧客には 「1分で行きます」。ルカは怒りをぶつける。「ここまで来たんだよ。会いたかったんだ! なぜ学校まで来てくれなかったの?」。「ベルナルドおじさんが説明したろ。一体何だ? 緊急事態か?」。「一緒にお昼を食べながら、休暇について話したかったんだ」(1枚目の写真)。顧客が催促する。「ほらな。息もつかせてくれん」。そして、顧客に、「今、行きます」。「悪いが大事な件なんだ。今夜、夕食の後で会おう。家に帰れ」〔「元気か」の一言もなく、異常としか言いようがない〕。ルカはステファネッラを連れて家に戻る。そして、せっかくの復活祭の休みを、無為にTVを見て過ごすことに(2枚目の写真)〔ステファネッラは雑誌を見ている〕。ルカは、「僕のパパは、何でも望みを聞いてくれる。次のクリスマスは、きっとアフリカだ」と、8ヶ月先の、叶わぬ夢を話す。「何するの?」。「虎狩さ」。「アフリカに虎なんかいないわ」とバカにされただけ。そのうち、お腹が空いたステファネッラは、「サンドイッチない?」と言い出す。「冷蔵庫、見て来いよ」。しばらくしてルカが見に行くと、ステファネッラは、冷蔵庫を開けっ放しにしたまま、床に置いた皿にツナの缶詰を置き、パクパクと食べている(3枚目の写真)。「太るの怖くないの?」。「もう太ってるわ」。ステファネッラはツナの缶を平らげると、「もう8時半だから」 と言って帰って行く。
  
  
  

夜、1人で寂しくなったルカは、母が映った古い8ミリフィルム(白黒)を出してきて映写する。この映像を見ると、ルカは2歳くらいに見える〔これが最後の映像とすれば、母が亡くなったのは8年前〕。ルカは、別のフィルムも見てみる。今度は、カラーフィルムで、見知らぬ女性が映っている。ルカは、「あんた誰なんだ?」と不審に思う。ベッドに入ってからも、ルカは不安でたまらない。父は帰ってこないし、変な女性も映っていた。そこで、ある決心をする(1枚目の写真)。父に会えたら渡すつもりだったプレゼントは、もうあげない。そこで、レコードを持って母の部屋に入って行き、クローゼットの中に隠す(2枚目の写真)。その時、玄関のドアが開く音がする。ルカは急いで部屋に戻ると、ベッドに入って眠ったフリをする。そこに父が入って来ると、腕にキスして寝顔を見ると(3枚目の写真)、毛布を掛け直して出て行く。父が出て行くと、ルカはすぐに目を開ける。
  
  
  

▶ここから休暇3日目の3月26日(日)▶ 翌朝、ルカの “何も食べたくない様子” を見た家政婦は、「お腹空いてないんでしょ。夕食の後、ツナを丸ごと1缶食べちゃうからですよ。だから病気になって… 今、下剤を用意しますからね」と、冷たく言う。そして、父の部屋に朝食を持って行こうとする。それを見たルカは、「それ渡して。僕が持ってく」とトレイを持つ。「やめて! 落としちゃうわ!」。「手を放してよ」。ルカは、重いものが大量にのったトレイを受け取ると、慎重に運ぶ(1枚目の写真)。そして、階段をそろそろと上がり、2階にある父の寝室に。トレイをサイドテーブルに置くと、カーテンを開けて明るくし、父を揺すって起こす。「やあ、元気か?」。「いいよ」。「ごめんよ。昨夜は遅くなった」。「構わないよ。ステファネッラと一緒だったから。パパ、タバコの匂いがするね」。「そうか? 数年もすれば、お前も、タバコやウィスキーが分かるようになるさ」(2枚目の写真)。「違うよ」。「どこが?」。「大きくなったら、僕はウォッカしか飲まない。その方が、ママも気に入るから」。ルカは、さらに、「今日は、ずっと家にいるんでしょ?」と期待を込めて訊く。「悪いが、ローマで大事な用事があるんだ。今夜にはまた会える」。それを聞いた時のルカの顔がとてもいい(3枚目の写真)〔すごく切ない感じ〕。「その顔は何だ? これが片付いたら、一緒に 数日 海に行こう。ずっと一緒にいられるぞ」。「今夜、ディナーに行こうよ。ねえ、パパ、休暇は短いんだ。学校に戻ったら、また会えなくなる」。「そんなことない。ちゃんと会いに行く」。「パパが来てくれたの、たったの2回だよ。ベルナルドおじさんは4回来たのに」。この必死の懇願を聞き、父は、夜の8時半に迎えに来ると約束せざるを得なくなる。
  
  
  

日中、ルカは ステファネッラと一緒に遊びに出かける。自販機でタバコを1箱買ったあと、丘の上の旧市街の端にあって展望の良いカルドゥッチ庭園〔Giardini Carducci〕のベンチに座ると、さっそくタバコを1本口にくわえる〔今朝の父の「タバコやウィスキー」云々に刺激された〕。しかし、火を点けるものがない。そこで、隣のベンチに座ってタバコを吸っている男の前に行き、火をつけてと言わんばかりに体を屈めると、男は、“10歳の子が非常識に” と思ったらしく、何も言わずに手でタバコをはじき飛ばす(2枚目の写真、矢印は飛んでいくタバコ)。次の場面で、父ロベルトが 再婚相手にと思っている女性ヴェロニカが登場する。場所は、ロベルトが運転するメルセデスの車内。長い会話なので、重要な部分のみ選ぶと、「可哀想な、ルカ。あなたみたいな父親を持って」というヴェロニカの言葉に対し、ロベルトは 「確かに、ほとんど相手をしてやってない」と認める。それを聞いたヴェロニカは、「私にもでしょ。あなたは、いつも予定でいっぱい」と批判する〔ロベルトは、なぜ “仕事人間” になってしまったのだろう?〕。ここで一旦ロベルトはヴェロニカを降ろし、仕事に向かう。そして、仕事を終えて先ほど降ろした場所でヴェロニカを拾う。「遅いわね」。「済まない。判決を待ってた」。「いつも 『済まない』なんだから。1時間も待ったのよ」。「ひどい日だった。だが、グロセッティは無罪にできた。大変だったんだぞ」。「グロセッティなんか どうだっていいの! 1日に1時間しか会えないのよ。なのに、仕事の話ばっかり!」。ロベルトは、「君からも文句、ルカからも文句。いったいどうしろと言うんだ?」と反論する〔真摯に謝ることを知らない人間〕。「他の人みたいにしたらどう? 仕事なんかほどほどに!」(3枚目の写真)。「ところで、ルカを 海に連れて行くはめになった」。「いいんじゃない」。「君は空いてるか?」。
  
  
  

その夜、ルカは、父と一緒にレストランへ。食事が終わった後、父は 「次は、何が欲しい? マチェド二ア〔季節のフルーツを白ワインでマリネ〕? アイスクリーム?」。「違うよ。今朝、何て言ったか覚えてないの? ウォッカしか飲まないって言ったでしょ」。父は、冗談のつもりで、「ウォッカをダブルで、ウィスキーはミニで」と注文する。そして、「ルカ、ちょっと話しがある… 男と男で」と言い出す。「今度の休暇だが、パパと2人だけじゃ退屈だろ」。ルカは即座に反論する。「なんで退屈なの? クリスマスが終わってから、ずっと待ってたんだよ!」。ボーイがお酒が持ってきたので、父はさっそく小さなグラスにウォッカを注ぎ入れる(1枚目の写真)。ルカはグラスに手をつけず、少し悲しそうな顔でグラスをじっと見つめる(2枚目の写真)。そして、「僕が何を考えるか分かる? ママがここにいなくて寂しいんだよ」〔この発言を聞くと、8ミリ映写の時の推測値より、母の死はもっとずっと最近のようだ〕。ムードが暗くなったので、父はすぐに会計を頼む。そのあと、メルセデスでルカを家まで送った後〔8時半からの夕食なので、10時を回っていることは確か〕、父は、「じゃあ、寝て来い。明日の朝、会おう」と言って、そのまま車を出す〔ルカは、なぜ不思議に思わないのだろう?〕。ロベルトは、ヴェロニカと屋外のカフェで会う。開口一番、「あの子に、話せなかった」と言うので(3枚目の写真)、彼が、ルカと海に行く時に、ヴェロニカを同行させるつもりだとはっきりする。ヴェロニカは、「ルカは、私のこと まだ知りもしないのよ」と時期尚早を主張し、「あの子の休暇なのよ」とロベルトの人間性に疑問を投げかけすらするが、ロベルトは強引に押し切る。。
  
  
  

▶ここから休暇4日目の3月27日(月)▶  翌朝、ルカは、嬉々として鞄にいろいろな物を詰めている。父が、「準備できたか?」とドアを開ける。「パパ!」(1枚目の写真)。「行くぞ。鞄を渡せ」。「この3つだよ」。「3個だと? バカ言うな。そんな場所はない。2人だけじゃないんだ」。その言葉に、ルカは驚く。「それ、どういうこと?」。「荷物の多い人が一緒だ。相手はレディだから ナイトにならないとな」(2枚目の写真)「鞄は1個だ」。「僕の知らない女の人?」。「今から、知り会えるんだ。車の中で待ってるぞ。ヴェロニカさんだ」。父と2人だけの旅を期待していたルカは、がっかりする。だから、車の後部座席に座らされたルカは、憮然とした顔で座り続ける(3枚目の写真)〔どう見ても、旅行の主役はヴェロニカで、ルカは “つけたり” だ〕。父が向かったのは、ペルージャの南西120キロにある “ティレニア海に向かって突き出した半島”。かつては島だったが、3本の砂州で本土とつながっている。映画では、片側2車線の高速道路を走行している場面が長く映るが、これは全くの謎。1973年以降に購入した古い地図でイタリアの高速道路を見ると、ペルージャから半島まで高速道路は一切存在しない。“イタリアにも高速道路があるぞ” と言いたいために、フィレンツェ~ローマ間の高速道路を走らせたのだろうか?
  
  
  

場面は、いきなり半島(島)となり、“島” の東中央にあるエルコレ港〔Porto Ercole〕を見下ろす高台の上にある邸宅に、車は入って行く(1枚目の写真)。この場所を特定できたのは、全くの僥倖。それでも、発見できたので、その場所のグーグルのストリートビューを3つに分けてつなげたものを2枚目に示す。左の写真には、車が入って行った門が写っている。サイズが小さいので分かりにくいが、大きくすると、1枚目の写真の門柱の上の飾りも確認できるし、門柱の向かって右側の茂みも、2枚目の写真にちゃんと写っている。2枚目の中央の写真には港が写っている。そして、右の写真には、防波堤の岬の先端が写り、一枚目の写真の岬と防波堤と同じだと確認できる。エルコレ港の全景と島の雰囲気は、3枚目のグーグルマップでよく分かると思う。右に伸びている砂州は一番南側のもので、遠くに見える本土と結んでいる。この写真を見る限り、半島と言うよりは島に近い。
  
  

この家は、ロベルトの所有物ではない。それは、迎えに出た管理人が 「ようこそ、弁護士さん」と職名で呼ぶから。ただ、ロベルトは内部に精通しているようなので、時々ここを利用してきたらしい。ロベルトが、管理人に、ヴェロニカの荷物を2階に運び上げるよう頼むと、ヴェロニカは 「私のは、ちょっと待って」と管理人にストップをかける。そして、ロベルトに向かって、「私、ホテルに泊まるわ」と告げる。「なぜ? 2階の部屋は君のだ」。この会話にルカは耳をそばだてる(1枚目の写真)。「でも、あなたとルカはもっと一緒にいなきゃ。それに、私も少し自由になりたいし」。ロベルトは、ルカがいるので、外に出て説得しようとするが、ヴェロニカは、出て行く前に、「ルカ、悪いけど、私の荷物 庭まで運んでくれない」と頼み(2枚目の写真)、ホテル行きを既成事実化する。これには、ルカもニッコリする。“外” での会話は、ヴェロニカのルカに対する思いやりと、ロベルトの自分勝手さがよく分かる〔ロベルトは、ヴェロニカと海に行きたくて、ルカを “出し” に使ったのだ〕。2人だけになると、父は、イライラを隠せない。ルカが 「荷物を解(ほど)くの手伝ってあげようか」と申し出ても、「そんなことくらい、自分でできる」とすげない。「パパ、僕と一緒でホントに嬉しい?」(3枚目の写真、2017年にDVD化された映像は、島のシーンの半数でハレーションを起こしているため、この画像は、昔、VHSをS端子を使ってデジタル化した時のものを使用した)。嬉しくも何ともない父は、「当たり前だろ」と つっけんどんに答える。その後、港で、ルカが1人で子供用エンジン付きボートに乗り、係留してあるたくさんのモーターボートの間を縫って走行する姿が、冒頭の音楽をバックに延々と映る〔孤独の寂しさだけが伝わってくる〕
  
  
  

ルカが、庭で時間を持て余していると、そこに、ヴェロニカが入って来て、「ルカ、ビーチに行かない?」と誘う。「パパは?」。「忙しいみたい。ペルージャからの電話を待ってるわ」。ルカは、ヴェロニカと一緒にビーチに行き、水着姿で海に入る〔エルコレ港の平均最低-最高気温は、3月で5℃-15℃、4月で8℃-18℃。少し寒すぎないか? 映画の撮影は夏だったので、「復活祭」という設定を忘れてしまったのでは?〕。ルカが泳ぎから戻って来た時、ヴェロニカは 「メモを見たわ」と話しかける〔ルカは、「僕は、あなたがパパの友だちだって 知ってる」と書いたメモを、行きの車の中で、ヴェロニカの鞄に入れておいた〕。「あなたの気持ち よく分る。私だってバツが悪いもの。でも、あなたのパパのこと愛してるから、あなたとお友だちになりたいの。やってみない?」。最初は、この申し出を拒否したルカだったが、その後に映る、一人きりの ヨットや漁船での体験映像や、一人きりでの海岸での貝殻拾いを経て、ルカは 孤独の悲しさを100%味わう。そして、ひまわり畑での “突然変異” とも言える、ルカとヴェロニカの親密映像へとつながる(1枚目の写真)。ルカは、波打ち際を走るジープに乗せてもらい〔ヴェロニカが運転〕、そのあと、ルカが発見した坑道に ヴェロニカを連れて行く(2枚目の写真)。「ここのこと、パパに話しちゃダメだよ」。「黙ってる。約束する」。「僕、新しいトコに来ると、隠れる場所をすぐ探すんだ」。「なぜ?」。別の話題も。「じゃあ、子供いないの?」。「私? いないわよ」。「大きくなって子供ができても、寄宿学校なんかには入れないでね」。「寂しいのね?」。“家” に戻った2人のシャワー・シーンでは、2人の親密さがよく分かる(3枚目の写真)。
  
  
  

▶ここから休暇6日目の3月29日(水)▶  ロベルトがタイプライターを打ちながら、ヴェロニカに、「明日、公判がある。戻らないと。明日の朝、発つ」と言い出す。「でも、ここに着いてから、まだ3日しか経ってないのよ」(1枚目の写真)〔この言葉で、何日かが特定できた〕。「今年1年、君とルカで楽しくやれるじゃないか。これは、重要な訴訟なんだ」。「延期できないの?」。「やってみたが、ダメだった」。怒ったヴェロニカは 「この、エゴイスト!」と言いながら、タイプライターの紙をむしり取る。ロベルトは、ヴェロニカを抱くと、「休みなら、またいつでも取れる。今度は、2人だけでだ」と言って、キスする〔ルカは、明らかに “邪魔者”〕。ヴェロニカは、最初は嫌がっていたが、キス責めに遭い、遂に ディープ・キス。そこに、ルカが、テラスの外を通りかかり、キス・シーンを見てしまう(2・3枚目の写真)。あれほど かまってくれなかった父が、ヴェロニカとは仲良くしている。それはルカには大きなショックだった。いたたまれなくなったルカは、逃げ出す。
  
  
  

夜になってもルカは姿を見せない。ようやく心配になった父は、警察ではなく、病院に電話をかける(1枚目の写真、矢印は受話器)。しかし、ルカが運び込まれた形跡はなかった。ヴェロニカは、ひょっとしたら坑道にいるのではと思い、ロベルトには行先を言わずに捜しに行く。ヴェロニカが、坑道の奥の天井の上に掘削坑のある場所まで来て、「ルカ、ここにいるんでしょ? 返事なさい」と言いつつ、見まわしていると、頭の上部の空間にルカが立っている(2枚目の写真)。「ルカ! どうしたの? 怒ってるの? 私が何かした?」。「何で来たのさ。父さんのトコに戻れよ」。「私が何をしたっていうの?」。「分かってるだろ」。「お父さんとキスしてるのを見たのね。悪いことじゃないわ。どうして欲しいの? 別れろって? もし、それが望みなら、別れるわ。ルカ、話してる時は、ちゃんとこっちを見て! あなたが嫌いだったら、この坑道のこと、お父さんに話してるわよ。でも、話さなかった。さあ、一緒に戻りましょ。お父さんは叱ったりしないわ」。この言葉で、ルカも折れる(3枚目の写真)。
  
  
  

▶ここから休暇8日目の3月31日(金)▶  ペルージャに戻ったルカは、ベルナルドの運転する車種不明の全地形対応車に乗せてもらっている。「ヴェロニカさんは、どうだった?」。「おじさん、知ってるの?」。「もちろん」。「素敵だし、いい人だと思うよ。でも、ママの方がきれいだったよね?」(1枚目の写真)。その時、行く手にファンフェア〔funfair、移動遊園地〕が見えてくる。ルカは「停まってよ! 遊園地だ!」と興奮する。「何て大きいんだ。すごいや」。「閉まってるな」。「停めてよ、ベルナルドおじさん。いつ開園するか訊いて」。ベルナルドは、作業員のいる場所で車を停める。ルカは、さっそくフェンスまで行き、作業員から、数日後に開園だと教えてもらう(2枚目の写真)。ルカは、ベルナルドに、「連れてってくれる?」とせがむ。「いいとも。一緒に行こう。だけど、なぜ お父さんに頼まない?」。「頼みたくない」。「海から帰ってから、拗(す)ねてないか? そんなの公平じゃないぞ。お父さんは、どこも悪くない。君のことが大好きだ」。「まさか」。「それに、悪いことをしたと思ってる」。「気にもしてないよ」。「そんなことを言うなんて。すごく悪いと反省してるんだ」(3枚目の写真)〔ベルナルドは、ロベルトを過大評価しているだけ〕。そして、「なぜ、話し合わない」とも。「何を話すの?」。「何でもいい。チャンスを与えてやれよ。公平だろ?」。「もうどうだっていい。あと4日で学校に戻るから」〔この言葉で、日が確定する〕。それでも、ベルナルドの顔を立て、ルカは 「明日、話してみるよ」と妥協する。
  
  
  

▶ここから休暇9日目の4月1日(土)▶  ルカは、父と “バッチリ” 話を付けようと、念入りにネクタイを締める(1枚目の写真)。チラと下を見ると、ステファネッラがパンに変なものを塗っている。「何してるの? ジャムの上にチーズ?」。「甘すぎるでしょ」。ステファネッラは、チーズの上に、またジャムを塗る。「また、ジャム?」。「チーズの味を消すため」。今度は、ステファネッラが訊く。「これ、何?」。「アンチョビー〔カタクチイワシの塩漬けをオリーブオイルに浸したもの〕のペースト」。ステファネッラは、それをジャムの上に置き、ようやくパンを被せる。そして、ルカの服装を見て、「それ何なの? 初聖体拝領でも受けるの?」と尋ねる。「父さんとサシで話をするんだ。男対男でね」。ステファネッラは、サンドイッチにかぶりつくと、「マヨネーズが要るわね」〔ルカは、なぜ こんな子と付き合っているのだろう?〕。ルカは、父の部屋に入って行く。そして、机の前まで行くと、「ベルナルドおじさんに会ったんだ」と切り出す(2枚目の写真)。父は、「おじさんとパパとどっちを信じる?」と話の主導権を握ると、「お前は 一人じゃ生きていけん。ステファネッラとは友だちだろ? ヴェロニカさんとも」と畳みかける。ルカが肯定すると、「パパとって、ヴェロニカさんは友だち以上の存在だ」「だからといって、お前が パパの大事な息子であることに変わりはない」「お前に特別な頼みがある」「大人になれば、男には寄り添ってくれる女性が必要だと 分かるだろう」(3枚目の写真)。こう巧みに話しを進めると、ヴェルニカとの間がうまく行くよう協力を依頼する。ルカは、「あの人には、何の反感も持ってないよ」と正直に答える。そして、「パパに会えなくなるのが怖いだけ」とも。「ルカ、お前は間違ってる。いいか、パパがヴェロニカさんと結婚すれば。お前はずっとここにいていいんだ。寄宿学校なんか行かなくていい」。「ホント?!」。「もちろんだ! 気に入ったか? ルカ、いい考えがある。いつ学校に戻る?」。「月曜」〔この言葉で、冒頭資料の “水曜” を月曜に変更した〕。「一週間、遅らせるってのは どうだ? 数日、山に行こうじゃないか」。「2人だけで?」。ルカは、嬉しくて父に抱きつく。
  
  
  

▶ここからは、経過日数不明なので、標記をやめる▶  いきなり、ドロミテアルプス最高峰(3343m)のマルモラーダ〔Marmolada〕が映る〔山麓に雪が全くないので、4月初旬とは絶対思えない〕〔ペルージャの北370キロ〕。あまりにボケて 山が可哀想なので、ちゃんとした写真を2枚目に示す。写真は、地元のサイト(https://www.trentinoinmoto.it/)からの転載。この写真が、スキー場のある北面が一番はっきり映っている。手前に角のように聳えているのは、“Col dei Bous” と呼ばれる標高2494mの岩峰。2人はどこで滑っているか分からないが、ソリやスキーで雪をエンジョイする(3・4枚目の写真)。
  
  
  
  

翌朝、6時50分という早い時間に、服を着込んだルカは、まだ眠っている父を起こそうとする(1枚目の写真)。父は、半分眠った状態で、「先にやってろ。後で行く」と言っただけ。2枚目の写真は、標高1450mにある麓の駅から最初の中継点(標高2340m)に向かって急角度で登るロープウェイ。これを下から撮ると、3枚目の写真のようになる(私の撮影)。マルモラーダのロープウェイ群を分かりやすく示したのが、4枚目のグーグルマップ(航空写真)に入れたピンクの点線。2-3枚目の写真は、3つあるロープウェイの第1区間に当たる。ロープウェイは、この先、第2区間(2340m→2950m)を経て、第3区間(2950m→3270m)で山頂駅に到着する。5枚目の写真も 私が撮影した山頂付近の様子〔山頂駅から少し歩いた所からの撮影〕
  
  
  
  
  

ルカは、マルモラーダの北側斜面にあるリフトの駅に降りてくる。そして、作業をしていた男性に、「今、何時?」と訊く。「8時半だ」(1枚目の写真)。「チェアリフトはいつから動くの?」。「あと30分。何でだ?」。「滑ってみたいんだ。ソリ競技に出たいから」。「まだ早すぎる。斜面はアイスバーンだから 危ないぞ」。「でも、スキーヤーが滑り始めたら、ソリをやらせてもらえないよ」。「そう焦りなさんな。みんなまだ眠ってる。10時までは誰も来んぞ」。その時、ルカの鼻から血が出る。「どうした? 血か?」。「うん、鼻血が出ちゃった」(2枚目の写真)〔最初の兆候〕。「心配するな。ここは 標高が高いから、よくある」。「学校にいた時も、時々あったよ」〔初めての情報〕。その後、リフトが動き始め、ルカはソリに乗って斜面を下るが、途中でコブに乗り上げて投げ出される(3枚目の写真)。
  
  
  

ルカが、医院のベッドで寝ている。医者は 父に 「脈拍は正常になりました。だが、すぐに検査した方がいいでしょう。ここではできません」と言う。父は、「そうした方がいいとおっしゃるなら、今日、ペルージャに連れて帰ります」と同意する。その時、ルカの目が開く。「何が起きたの?」(1枚目の写真)。「アイススラブで転んだんだ」。「ソリ、壊れた?」。医者は、「もう一度 眠りなさい。体を休ませないと」と声をかける。「でも、元気だよ。パパ、僕、ここにいたくない」。「ルカ、いい子だから、もうちょっと眠るんだ」。「スキーやりたい」。「次に、目が覚めたらな」。「きっとそうだね。ちょっと疲れちゃった」(2枚目の写真)。ルカは眠りに落ちる。その先、ロープウェイの山麓駅から1キロほど下流にあるソットグーダ渓谷〔Sottoguda gorge〕を走るシーンが挿入される(3枚目の写真)。現在は、遊歩道となり、車は通れない。4枚目の写真は、グーグルのストリートビューの「360度写真」。
  
  
  
  

ペルージャの病院で、父が、受けた宣告は、「急性骨髄性白血病(AML)」(1枚目の写真)。AMLについて、調べてみた。医薬品大手のファイザーが開いている「がんを学ぶ」という一般向けのサイト(https://ganclass.jp/)では、 小児急性白血病のうち、リンパ性白血病(ALL)については、「15歳までのALLは、治療の進歩によって80%以上が完治するようになりました」と書かれているが、骨髄性白血病(AML)については、「近年、AMLの治療は非常に進歩してきました」と曖昧に書かれている。厚労省所管の国立研究開発法人「国立成育医療研究センター」のホームページ(https://www.ncchd.go.jp/)では、「患者・ご家族の方へ」という部分で、「急性骨髄性白血病の長期生存率は約60-70%です」と、はっきり書かれている。ところが、医療用医薬品企業が意思決定を行うために必要となるデータ収集や構築・分析を行うサイニクス(株)のホームページの「NEWSLETTER」(https://synix.co.jp/newsletter/)には、全く違ったことが書かれている。内容は、2019年12月7日~10日にOrlandoで開催された第61回米国血液学会(American Society of Hematology)の報告を受けた速報の形を取っている。その記事(2019年12月22日付け)では、こう書かれている。「2017年以降、急性骨髄性白血病(AML)では、FLT-3阻害剤、BCR-2阻害剤、SMO阻害剤、IDH1/2阻害剤等など多くの分子標的薬が承認され、『7+3』療法を超えて個別化医療の時代に入ったと言える。しかし、AMLの5年生存率は30%以下と予後が非常に悪く…」。そして、2枚目に載せた「急性骨髄性白血病の生存率(Data Source: Patient Metrics)」の図が示される。これによれば、日本の5年生存率は僅かに20%弱である。「国立成育医療研究センター」の「長期生存率は約60-70%です」は完全な嘘になる。厚労省管轄の公的機関が、このような虚偽の情報を捏造・氾濫させて許されるのか? 「患者・ご家族」を安心させることが目的なのか? だとしても、過剰な期待感は、その後の大きな失望につながる。これを見て、正直、腹が立った 。
  
  

父は 「白血病?」と驚く。医師は、AMLが白血病の中でも最悪の部類に属することは伏せ、「あなたを変に期待させたくありません。アメリカで発見されたツルニチニチソウから得られた試薬〔捜したが見つからなかった〕を試すこともできますが、効果が期待できるかどうかは分かりません。でも、試されることをお勧めします」と説明する〔現在の最新療法でも効果は低いので、半世紀近くも前の療法では助かる見込みはゼロに近い〕。それからの父は、仕事優先の態度を改め、可能な限り病室に詰める。代わりをヴェロニカに頼んだ ある日、病室に戻った父は、悲しい話を聞かされる。「ルカは、変わってしまったわ。いつも、おとぎ話を話せって言うの。だんだん、幼くなっていくみたい」。「鼻血は出たか?」。幸い鼻血は出なかった。父は、ヴェロニカを家に帰し、ルカの近くに寄ると、優しく髪に触れる(1枚目の写真)。 夜の暗い病室で、看護婦が注射をした後、ルカは、「パパ、僕… 言いたいことがいっぱいある」と言い出す。「話してごらん」。「お日様 出てる?」。「ああ」。「いい日になりそうだね。外に出たいな」。「治ったら、すぐにだ」。「もし治らなかったら? こんなに気分が悪いの初めてだ」。「どうした。良くなるって。すぐにだ」。「そうは思えない」。「なぜ、そんなことを?」。「いつも気を失いそうで、治らないような気がするんだ。黒い影がいっぱい見える。死ぬ時は、そんなだって聞いた。パパ、怖いよ…」(2枚目の写真)。ルカは。父の頬に触り、そのまま気を失う。鼻からは血が溢れている。父は、緊急ボタンを押し、鼻に脱脂綿を当てる。看護婦がすぐに駆け付ける。そして、脈を診て、意識を失ったと告げる(3枚目の写真) 。
  
  
  

ロベルトは、ベルナルドに会いに行く。「ルカは、よく君のことを訊くんだ。なぜ、会いに行ってやらない?」。「悪いが、できない。ルカを見るのが耐えられないんだ。君ほど強くないからな」。「私が苦しんでないとでも?」。「君が、今、どんな気でいるのかは知らない」。「何が言いたい?」。「もっとずっと前に言うべきだったことを、話しておこう。今は、どうか知らんが、これまでぜんぜん構ってこなかったじゃないか」(1枚目の写真)「君は、負担に感じる人間を、口実を設けて排除してきた。今はヴェロニカと付き合ってるが、この数年、何人の女性と付き合ってきた? 彼女たちに会う時間はあっても、ルカは無視してきた。今年も、2回しか会いに行っていない。それも、私が強く言ったからだ」。今のロベルトにとっては、自分が如何に情けない人間だったかを思い知らされる辛い言葉だ。次の、ロベルトとヴェロニカとの短い会話では、ヴェロニカが 「新しい治療は、きっと効果あるわ」と失意のロベルトを慰める(2枚目の写真)。そして、「今夜、また来るわね」と言い 病院を去る。そのあと、ロベルトは医師から最終宣告を受ける。「申し訳ありませんが、結果は陽性でした」(3枚目の写真)。
  
  
  

夕食の時間。ルカは、「パパ、ずっと気分が良くなった。お腹も空いた」と話し始める。「パパ、ずっと頼みたかったことがあるんだ。遊園地に連れて行ってくれない? お願い」(1枚目の写真)。「今かい?」。「他にある?」。父は、ルカを車まで運び、遊園地に向かう。「なぜもっと前に言わなかった?」。「そんな時間なかったよ。いつだって 仕事ばかり」「ベルナルドおじさんと一緒の時、パパにレコード買ったことがある。その時は、パパに頭に来てたから、クローゼットに隠しちゃった。もう出してもいいよ」。「許してくれ、ルカ」。「泣かないで、パパ」。車は、遊園地の前に着く。夜遅いので真っ暗だ。「動いてないや」。「心配するな。お客がいないから 停めてるだけだ。今からパパが行くから、乗れるようになるぞ」(2枚目の写真)。こう励ますと、父は、遊園地の事務所に行き、4人でトランプをしている男たちに向かって、「悪いんだが、ここのオーナーはどの人?」と尋ねる。幸い、その中の1人が移動遊園地のオーナーだった。父は、その男に何事かを必死に頼み込み(3枚目の写真)、オーナーは快くOKしてくれる。
  
  
  

その先は、父と一緒に遊具に乗っているルカが映り、独白が流れる。「パパ、知ってた? 僕は病気だけど、パパが一緒にいてくれるから幸せだよ」(1枚目の写真)。「寄宿学校では、週末に家に帰る連中が 僕をからかった。今、遊園地を独り占めにしているトコ 見せたいな」(2枚目の写真)。射的のコーナでは、父が代わりに撃つほど元気がない(3枚目の写真)。「疲れちゃった」。
  
  
  

そして、映画の日本語の題名になっている メリーゴーランドに乗り、ルカは、父をじっと見つめる。「パパ、僕が眠っても 手を握っててね。一緒にいてくれるって分かるから」。そして、最後の独白。「もう会えないなんて悲しいね〔Peccato non vederci più〕」(1枚目の写真)。ルカの首が、ガクンと落ちる(2枚目の写真)。父は、昇天した天使の顔を手で抱きしめる(3枚目の写真)。この間、冒頭の悲しいメロディが、強く涙を誘う。
  
  
  

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